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横浜地方裁判所 昭和45年(ワ)510号 判決 1974年6月19日

原告

竹内慶次

右訴訟代理人

山本博

外一名

被告

神奈川県

右代表者

津田文吾

右訴訟代理人

山下卯吉

主文

被告は原告に対し、金三〇万円と、これに対する昭和四二年二月二三日から支払ずみまで、年五分の割合による金員を支払え。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを五分し、その三を被告、その余を原告の負担とする。

この判決は、原告勝訴の部分にかぎり、仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

被告は原告に対し、金五〇万円と、これに対する昭和四二年二月二三日以降完済まで、年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。

仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

仮執行免脱宣言

第二  当事者の主張

一  請求原因

1(一)  原告は肩書地所在建物二階一部(階下はモナコパチンコ店)で飲食店を営むものであるが、昭和四二年二月二三日午前一時過ぎ頃、小田原警察署警察官池水照憲、同五十嵐稔は、原告居室に土足のまま無断で立入り、妻と共に就寝中の原告に対し、傷害事件の現行犯として逮捕する旨告げて、原告の両腕をかかえて屋外に連出し、パトカーで小田原署に連行した。その際、両警察官は原告及びその妻の要請にもかかわらず、厳冬二月の深夜に下着一枚裸足のまま連行した。

(二)  小田原署において、当直幹部警察官は、簡単な取調の後、原告を同署留置場内保護房に収監し、午前九時二〇分頃まで身柄の拘束を継続した。

(三)  同署警察官浜田高は、午前九時二〇分頃から同署取調室において、原告を傷害・器物損壊事件の被疑者として取調べ、午後零時頃ようやく身柄を釈放した。

2(一)  昭和四二年一二月二八日に至り、原告は小田原簡易裁判所に傷害事件の被告人として起訴された。公訴事実の要旨は、同年二月二三日午前三時頃、モナコパチンコ店二階従業員室前廊下において、パチンコ店「モナコ」の従業員坂川宗保の顔面を手拳で欧打し、同人に治療約三日間の傷害を負わせたというものであつた。しかし右事件は、同四四年四月一二日無罪判決の宣告があり、確定した。

(二)  右公判の過程において、池水、五十嵐両警察官は傷害事件発生の連絡をうけ現場に臨んだが、原告の傷害その他の被疑事実を裏付ける資料がなかつたので、取調の目的でとりあえず「保護」の名目で原告の身柄を拘束したことが判明した。

(三)  他方、当時小田原警署長が小田原簡易裁判所に対してなした「保護取扱通知書」によれば、原告の「保護」の適用根拠法令は「酒に酔つて公衆に迷惑をかける行為の防止等に関する法律」とされていることが明らかにされた。

3  (警察官の行為の違法性)

(一) しかしながら、1(一)のとおり、原告は自室で就寝中、令状に基かずに逮捕、抑留されたのであつて、その身柄拘束は法令上の根拠に基かずに行われた違憲、違法なものである。また原告は「酒に酔つて公衆に迷惑をかける行為の防止等に関する法律」第三条の要件も充足していないし、警職法三条一項にも該当しない。

(二) 厳寒の深夜に、下着一枚裸足のままで原告を連行したことは、何ら合理的な理由なく原告の健康と名誉を傷つける行為であり、違法である。

(三) 1(二)の収監の措置も「保護」のための収監とは認められず、法令上の根拠なくして身柄を拘禁した違法がある。

(四) 1(三)の浜田警察官の取調は、右の違法拘束状態を利用して、原告の意に反してなされた違法なものである。

4  原告は、池水、五十嵐両警察官の違法な住居侵入、身柄拘束、それに引続く浜田警察官の取調により、多大の精神的損害をうけた。右精神的損害に対しては少なくとも金五〇万円の慰藉料が支払われるべきである。

5  右違法な行為は、被告の公権力の行使にあたる警察官が、その職務を行うについてなしたものであるから、被告はそれにより生じた右損害を賠償する義務がある。

6  よつて原告は被告に対し、慰藉料として金五〇万円とこれに対する違法行為のなされた昭和四二年二月二三日から完済に至るまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1(一)のうち、原告の営業、池水、五十嵐両警察官が同日、原告をパトカーに乗せ小田原署に同行した事実、その際原告がシャツとズボンを着用し、素足のままであつた事実は認めるが、その余は否認する。同行した時刻は午前三時過ぎ頃であり、原告は、原告居室とモナコの従業員宿舎の共用の廊下にいたのである。

2  請求原因1(二)の事実及び(三)の浜田警察官が取調べた事実は認める。原告は保護解除後、任意に、傷害・器物損害罪に関する捜査をうけていたものである。

3  請求原因2(一)(三)の事実は認め、2(二)は否認する。

4  請求原因45は争う。但、小田原署勤務の警察官が、被告の公権力の行使にあたる公務員であり、本件の行為が職務を行うにつきなされたことは認める。

三  被告の反論(職務行為の適法性)

池水巡査は、次のとおり、警察官職務執行法三条一項一号に基き、原告を保護したのである。

(一)  前同日午前三時頃、池水巡査は、モナコパチンコ店でけんか争闘があるとのことで、上司の命により、五十嵐巡査と共にパトカーで現場に赴いたところ、モナコパチンコ店階上で人の争う大声、ガラス破砕音が聞えたので、急遽靴ばきのまま二階廊下へ上つた。すると、廊下に原告が居り、池水の土足を難詰したが、一方、モナコ従業員坂川宗保は原告から暴行をうけたことを訴え、また階上のモナコ従業員宿舎のガラス戸は数ケ所破壊されている上、原告はその損壊の事実を認め、かつ興奮して大声を発し、その態度は酔つて極めて荒々しく、居合わせた原告の妻は女子の手に余るとして、池水にその場の処理を求めた。

(二)  右のようなその場の零囲気、深夜における周囲の状況から、池水は、この場合本人を警察署に同行して一時保護するのを相当と判断し、原告をその同意のもとに小田原署に同行し、上司の命により保護の手続をとつたのである。

池水が右保護措置をとつたことは、警察官としての通常の知識経験に基き、その場の状況から許されたるものと合理的に判断した結果によるもので、池水には故意過失はない。

四  被告の抗弁

本件事故が発生したのは昭和四二年二月二三日で、原告はその時損害及び加害者を知つたのであるところ、本訴提起日は昭和四五年三月一六日で、その間すでに三年を経過しているから、本訴請求権は時効により消滅している。

五  抗弁に対する認否

否認する。「保護」の名目で身柄拘束されたことを原告が知つたのは、早くても第七回公判(昭和四三年九月六日)のときであり、従つて本件訴提起時には未だ三年を経過していない。

第三  証拠<略>

理由

一原告がモナコパチンコ店階上一部で飲食店を営んでいること、昭和四二年二月二三日、原告が、小田原警察署警察官池水照憲、同五十嵐稔により、シャツとズボン下のみを着用し素足のままの姿でパトカーに乗せられて小田原署に連行され、同日午前九時二〇分頃まで同署内に身柄を拘束された事実については、当事者間に争いがない。

二まず原告が連行されるに至つた状況を確定すると、<証拠>を総合すれば、次の事実が認められる。

昭和四二年二月二二日の夜、原告は自己の経営する飲食店「一力」を、いつもと同じように一一時頃に閉めて、母や姉妹の住む裏側建物へ来て食事をした。一二時頃食事を終え、モナコパチンコ店階上にある原告の居室へ戻るべく階段を上つていつた。右階上は原告の住む室があるほかモナコ従業員宿舎として使用されていたが、その共用廊下の電灯がついていなかつたことに腹をたてた原告は、廊下左側一〇畳の部屋のガラス戸のガラスをこわした。そしてそれを聞いて自分の部屋から出てきたモナコ従業員坂川宗保と原告との間に争いが始まり、二人はもみ合つたりしたが、ほどなくやめ、原告は自室に帰つて着ていた白衣を脱ぎ下着だけになつて寝床に入つた。

一方坂川は、原告との争の後、モナコ支配人の青木宅へ赴き(その時刻は二時すぎであつた)、約四五分間話をしたあと小田原署へ行つた。小田原署の池水巡査は、午前三時に休憩時間が終り市内警らの準備をしていたところへ、パチンコ店モナコでけんかがあるとの通報をうけ、パトカーでただちに出動した。モナコ階上廊下にはガラスが散乱し、けんかのあつたらしい形跡はあつたが、すでに騒ぎはおさまつており、原告の姿は見えなかつた。しかしけんかの通報をうけたことでもあり、池水巡査は原告の前で「起きてください」と声をかけたところ、原告が出てきて、土足であがつてくるとは何だと抗議したり、自分の家をこわしてなぜ悪いと言つたりした。その上酒臭かつたので、池水巡査は泥酔していると判断してとりあえず保護することとし、「署まで来てくれ」といつて、抵抗する原告を五十嵐巡査と両側からかかえるようにしてパトカーに乗せ、小田原署へ連れて行つた。

以上の事実を認定することができる。<反証排斥・略>

結局、原告は、自室で就寝していたところを起こされ、午前三時すぎ頃、池水、五十嵐両巡査により連行されたものである。

三被告は、右連行したことにつき、警察官職務執行法三条一項一号に基く保護であると主張する。そこで、原告の連行・身柄拘束が、同法条の要件を満たすものであるか否かを検討する。

証人池水照憲は、その証言において、「通報をうけて現場に到着した時、原告は廊下におり、その時の原告の態度、様子は、下着姿で、非常に酒くさく正常に立つていられないような状態で、つかみかからんばかりの勢いでわけのわからぬことを大声でわめき散らしており、池水に対し、土足で上つてくるとは何だとくつてかかつたり、自分の家を自分でこわしてなぜ悪いと言つたり、暴れた直後であつたので、これらのことから、明らかに理性を失い正常な状態ではなく泥酔というに近い状態だと判断し、周囲の状況から保護を必要とするものと判断した」旨、述べており、前掲甲第一〇号証の三にも同趣旨の記載がある。

しかし、池水らが到着した時、原告が廊下にいたとの供述部分及び記載部分は、前述のとおり信用できず、また原告の酔いの程度については<証拠>によれば、二二日夜、原告は店を閉めてからコップ一杯の酒を飲み、その後食事をする際にもう一杯飲んだだけであること、原告は普段五合位晩酌をし、酒はそれほど弱いほうではないこと、争いの相手であつた坂川すらけんかの時原告はそんなに酔つておらず足がフラフラの状態でもなかつたと述べていること、咄嵯の間に警察官の土足を見咎めていること等の事実が認められる上、前認定のとおり警察官が来た時には一寝入りした後であつて、酔の程度もいく分さめてきていると推測されることをあわせ考えてみると、池水巡査が原告を起した時点では、原告は泥酔状態すなわちアルコールにより意識が混濁し正常な意思能力・判断能力を欠き常軌を逸した行動に出ている状態にあつたものではないと認められるし、前認定のとおり、原告は警察官が到着した時は、自室に戻つて寝ていたのであるから、自己又は他人の生命、身体、財産に危害を及ぼす行為に出る虞もなかつたものというべきである。

およそ警察官たる者は職務の遂行、殊に人身を保護するにあたつては、人権を侵害することのないよう慎重に行動する義務があるのであつて(警職法一条参照)、たとい、けんかの通報をうけて出動し、ガラスが散乱しけんかの存在を疑わせる状態が残つていた事情があつたにしても、すでに自室で就寝している者を起し、その時の本人の様子が酒臭く前述のようなことを言つたからといつて、それをもつて直ちに、泥酔者であつて自己・他人に危害を加える虞ある者と判断し、即座に警察署に連行したことは違法な措置であり、警職法三条一項一号にいう保護の要件に該当する事実の認定を誤つたもので、警察官の過失といわなければならない。

池水はまた前掲証拠において、原告の妻が「女の私には手に負えないからお願いします」と言つたので、保護してくれということだと判断したと述べているが、右供述は、爾余の全証拠方法と対比検討すれば到底そのままには措信しがたく、また、かりに妻がそのような発言をした事実があつたとしても、前記認定のような当時における屋内周囲の状況に照らし、これを、警察署で保護してくれ、連行してくれという意味と速断したことは軽率のそしりを免れず、過失ありといわざるを得ない。

以上検討したとおり、当時原告は、警察官職務執行法三条一項一号に該当しなかつたものであり、それを該当すると判断して保護したことにつき、警察官に過失がある。

なお、成立に争いない甲第一四号証によれば、当時小田原警察署長から小田原簡易裁判所あて出された保護取り扱い通知書では、保護の根拠法令は、酒に酔つて公衆に迷惑をかける行為の防止等に関する法律第三条第一項とされていることが認められるが、前記認定の事実によれば、原告の保護された場所は公共の場所に該当しないことは明白であつて、この点からみても右法条に拠り得べきものではなく右保護が適法になるものではない。そのほか、以上の認定事実のもとでは、警察官らのおこなつた保護を適法ならしめる法条はない。

四以上のとおり原告を連行したことは、何ら法令上の根拠に基かない違法なものであるが、連行するに際して下着のみ、素足のままであつたことも、連行のあり方として適切ではない。そして身柄連行に引続き、保護房に午前九時二〇分まで収監されたことは争いないところ、右連行が違法である以上これも許されないことは明らかである。

また保護解除に続いて浜田警察官の取調をうけたことも当事者間に争いないが、<証拠>を総合すれば、この取調は原告が必ずしも全く任意に応じたものとはいえないことが認められ、従つてこれも刑事訴訟法一九八条に違反するものである。これら法に違反する行為については、特段の事情のない限り、警察官に過失ありと推定するのが妥当である。

五右はいずれも神奈川県警察官の職務執行としてなされたものであることは当事者間に争いない。そして原告は右違法な身柄拘束、それに引続く抑留、尋問、あるいは下着のまま連行されたこと等によつて、著しく精神的苦痛をこうむつたことが認定できる。この苦痛を慰藉するには諸般の事情を考慮した上、金三〇万円をもつて相当とする。

六被告は本訴請求権は時効により消滅したと抗弁する。

民法七二四条にいう「損害及び加害者を知りたる時」とは、単に損害発生の事実と加害者が何びとであるかを知つた時の意味ではなく、同時に当該の加害行為が不法行為を構成するものであることをも知つた時の意味に解すべきものであるところ、<証拠>を総合すれば、原告が、「本件身柄拘束は「保護」名下になされたものであり、しかもそれは保護の要件をみたしていない不法なものである」と認識したのは、昭和四三年九月六日の刑事事件第七回公判以降である事実を認めることができる。従つて訴を提起したことが記録上明らかな昭和四五年三月一七日には、消滅時効は未だ完成していない。被告の抗弁は失当である。

七以上のとおり、原告の本訴請求は、金三〇万円の支払と、これに対する不法行為の時である昭和四二年二月二三日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるからこれを認容し、その余は失当であるから棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条本文を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項を適用し、被告申立にかかる仮執行免脱宣言はこれを附さないのを相当と認めて、主文のとおり判決する。

(日野達蔵 中田忠男 島田充子)

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